数年前まで、偽物バッグを持つ人はどこか後ろめたそうだった。
でも今は違う。TikTokでは、「これはエルメスじゃない。でも別にそれでいい」という空気がむしろ主流になっている。
今回の騒動を本当に大きくしたのは、エルメス自身ではなく、Walmartだった。
中国系セラーの「KAMUGO」が、Birkinによく似たバッグをWalmart Marketplaceに出品。価格はおよそ78〜102ドル。
そしてネット上ではすぐに、このバッグに「Wirkin」という名前が付けられた。
一方、本物のエルメス Birkinはどうか。
二次流通市場では、一般的なBirkin 30 Togo Leatherでも簡単に2万ドルを超える。
実際、Walmart上でも中古のHermès Birkin 30 Togo Pinkが25,640ドル前後、Noir Togo with Gold Hardware 30になると3万3,000ドル近い価格で掲載されている。
ここで重要なのは、「どれだけ似ているか」ではない。
多くの人が欲しかったのは、バッグそのものではなく、“その世界への参加権”だったということだ。
エルメスの本当の強さは、単純な価格ではない。
「手に入れる資格」そのものをブランド価値として成立させている点にある。
Birkinを買うには、まず別の商品を買う必要がある——。
スカーフ、ジュエリー、家具、プレタポルテ。
エルメスは公式には prespend system を認めていないが、その“暗黙のルール”は世界中で半ば常識のように語られている。
RedditのHermesコミュニティでは、「13,500ドルのBirkinを本当にその価格だけで買えるのか」という議論まで存在する。
人気都市では、最終的に4万〜6万ドル規模の支出になるという声も珍しくない。
だからこそ、WalmartのWirkinはここまで話題になった。
このバッグは、“ゲームそのもの”を飛ばしてしまったからだ。
長い待機リストもいらない。
SAとの関係作りも不要。
「エルメスの世界にふさわしい顧客」であることを証明する必要もない。
ただ、カートに入れて購入するだけ。
そして今の dupe culture は、かつてのコピー品文化とも少し違う。
昔の偽物は、本物に見せかけるためのものだった。
でも今は、「これはWalmartで買った」と堂々と公開する人が増えている。
つまり、人々はもはや“富裕層に見られたい”だけではない。
「ラグジュアリーが作り出す幻想のルールを理解した上で、それをショートカットしたい」——。
そんな感覚のほうが近い。
もちろん、エルメスには圧倒的な製品力がある。
Birkinはいまでも一人の職人が制作を担当し、完成までに15〜20時間かかると言われている。
1984年、Jean-Louis Dumas が飛行機内で Jane Birkin と出会ったことから、このバッグは誕生した。
そしてエルメスが本当に巧みなのは、「希少性そのもの」を商品化したことだ。
人々が買っているのは、Togo leatherでも、Gold Hardwareでもない。
「限られた人しか入れない世界にアクセスできる感覚」そのものなのである。
東京の一部エルメス専門店では、Birkin 25 Black Togo Silver Hardware が500万円超で販売されている。
それでも人気カラーは簡単には手に入らない。
では、Wirkinは本当にエルメスを壊す存在なのか。
むしろ逆かもしれない。
Walmartの平替バッグがここまで話題になったことで、結果的に人々は改めて認識した。
Birkinは、今なお誰もが一目で分かる“究極のシンボル”なのだと。
ちなみに、Jane Birkin本人は、当時そこまで神聖にバッグを扱っていなかったことで知られている。
傷も気にせず使い込み、ステッカーを貼り、荷物を詰め込み、時には爪切りまでぶら下げていたという。
しかし現在のエルメスは、もはや自由でラフなパリ的スタイルの象徴ではない。
それはむしろ、現代社会における“見えない入場制限”のような存在になっている。
そしてWalmartのWirkinは、その構造の奇妙さを、初めて大衆消費のど真ん中に持ち込んだのかもしれない。